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山口家庭裁判所 昭和41年(少イ)5号 判決 1967年1月16日

被告人 田中ユリノ

主文

被告人を罰金三、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金三〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は防府市大字西佐波令一三二〇番地で飲食店「扇」を経営し、酒類料理等を販売飲食させているものであるが、法定の除外事由がないのに、当時満一八歳に満たない○橋○子(昭和二三年一二月一七日生)を昭和四一年二月六日頃から同年三月一〇日頃迄右店舗に住込で雇用し、同店において同女をして客の酒席に侍らせ、酌をさせる等の接客行為を業務としてなさしめ、もつて児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつてこれを自己の支配下に置いたものである。

(証拠の標目)(編略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、児童福祉法第三四条第一項第九号第六〇条第二項に該当するところ、罰金刑を選択し、所定額の範囲内で被告人を罰金三、〇〇〇円に処し、刑法第一八条により罰金不完納の場合における労役場留置の言渡をすることとする。

なお、本件被告人の所為の法的評価について、裁判所の見解を補足的に説明する。

まず、○橋○子の稼働状況についてみると、住込であつて、勤務時間が午後六時頃から翌日の午前二時頃迄に及び、カウンターのなかで客に酒、料理を提供するだけでなく、カウンターの外に出て客の傍に侍し、或は二階の座敷に上つて客と相対し、酌をしたり雑談の相手となつてその気嫌をとり、客になるべく多量の飲食をさせるように仕向けることが、同女のつとめとされている。このような勤務内容が満一八歳に満たない児童(女子)に対し、道徳上及び身体の発育上有害な影響を与えるものであることは、労働基準法第六三条第二項女子年少者労働基準規則第八条第四四号にてらしてみても疑を容れないから、被告人の所為は児童福祉法第三四条第一項第九号所定の「児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつてこれを自己の支配下に置く」との要件に該当するということができる。

次に児童福祉法の前記条文によれば、右要件に該当する場合であつても、(イ)児童が四親等内の児童である場合、(ロ)児童に対する支配が正当な雇用関係に基くものである場合、(ハ)児童に対する支配が家庭裁判所、都道府県知事又は児童相談所長の承認を得たものである場合をもつて、法定の除外事由と定めているので、右除外事由の有無について按ずるに、本件において右(イ)及び(ハ)の事由の存在しないことは明白であるが、(ロ)の事由については若干検討を要する。検察官の本件公判廷での最終意見によれば「正当な雇用関係とは、それが社会的に正当視され、合法視されるものでなければならない」との前提の下に「本件雇用の目的が接客業として客の傍に侍して酌をし、サービスするというものであり、かかる行為が(一八歳未満の女子にとつて)極めて誘惑が多く本人を堕落させる危険をもち社会的にみて正当視されない」ことをもつて正当な雇用関係の存在を否定すべきであるというか、右のように酒席に侍する行為を業務としてさせる行為を雇用の目的としていることから直ちにその雇用関係が社会的にみて正当視されないとして「正当な雇用関係」の存在を否定することは、児童福祉法第三四条第一項第九号において正当な雇用関係の存在を法定の除外事由の一と定めた明文の規定を無意味にする虞があり、また同法第三四条第一項第五号との比較においても疑問があり、にわかに賛成できない。しかしながら更に進んで、本件において被告人と○橋○子との間に雇用関係が成立したいきさつをみると、被告人と○橋○子とは一面識もない間柄であつたところ、○橋がたまたま被告人の店先を通りかかつて、そこに掲示された女給募集のはり札を見、単身被告人に面会して働き度い旨申し入れ、これに対して被告人は同女の正確な氏名年齢も、本籍住居も、家族関係や従来の生活状況も全然確めようとせず、直ちに採用して住込稼働させ、稼働期間中同女の身元を確認しようとする考慮を全然払つていない。かような雇用関係成立のいきさつと雇用状況とをあわせ判断すれば、被告人の所為は、親権者その他同女の健全な育成に責任のある保護者の意思を全然考慮にいれようとせず、故なくその保護環境から離脱させ、自己の支配下に置こうとするもので、かような雇用契約はたとい児童の任意の意思に基き、民法上一応有効に(未成年の故をもつて取り消される迄)成立したとしても、児童福祉法上「正当な雇用関係」に基くものということができないと考える。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤文彦)

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